2020年01月26日

SGI..


  創価学会インターナショナル ... 。

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  「 暴力 」 か 「 対話 」 か――。
 世界の各地では、
 今なお熾烈な紛争が続き、
 憎悪と暴力の連鎖が続いている。
 だからこそ、
 私たちは 「 対話 」 を
 決して手放してはならない。
 断固たる 「 対話の選択 」 こそ、
 「 平和の選択 」 となり、
 必ずや人類の
 「 生への選択 」 に通じていくと、
 私は信じている。
 
 人が人を殺戮することのない、
 平和と不戦の世界を創っていく――
 それが、私たち創価の悲願だ。
 SGIの使命である
 ... (転載記事) ... 。


 師の掲げる理念こそ平和への道だと信じている。例外など無い非暴力と人権擁護の活動は信念は自分のみの思考でも行動でもない。人の目など気にせず徹して貫く。そこに法華経の行者の真髄がある。創価の正義がある。師弟不二の精神がある。だから一歩も引かない “賢者は喜び愚者は退く” この “心” に一点の曇りもないと不肖小生も思います 。。。 
posted by 石君 at 22:06| 東京 ☀| Comment(0) | 勝利が使命! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月19日

ナポレオン

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     フランスの英雄 ナポレオン ( ナポレオン・ポナパルト  1769 8.15〜182


1 5.5  フランス  軍人、政治家、フランス第一帝政の皇帝 ナポレオン1世 ) は常勝不敗


を誇った。


 「 ガルダ湖畔の戦い 」 では、ナポレオン軍は3方面から来る2倍の敵に包囲された。しかし、ナ


ポレオンは 「 敵は三つに分かれているが、我々は一つにまとまっている。ゆえに敵の一つと対するな


らば、我々のほうが有利ではないか 」 と悠然と立ち向かい、劣勢を見事にはね返して打ち破った。


 ナポレオンの戦略は、詳細かつ正確な情報に基ずいていた。 「 私があれほど強力な軍隊をもてたの


は、私自らが、細かいところまですべて気を配ったからだ 」 と。


 彼は自軍の実態を驚くほど細かく把握していた。例えば、すべての将軍について、年齢や身体的特徴な


どが一目でわかるデータをそろえた。 軍の移動一つをとっても、その経路、目的地までの時間など、計


算し尽くして指揮を執った。 前線の最小の部隊でも、毎晩、彼らがどこで宿営しているかを把握してい


た。 また、敵の将軍や将校の名はもとより、部隊の規模や軍事力を、自軍と同じように細かく把握して


いたのである。


 ナポレオンは、敵の情報を分析し、弱点を見抜いた。 弱点が見つからなければ弱点を作った。 そし


て弱点を叩いた。彼は、情報を正確に把握して戦い、勝った。


 彼は、著名な数学者の理論を応用し、戦闘の攻撃力を 「 量×質×速度 」 で計った。 「 量


 」 は兵力、 「 質 」 は訓練度、 「 速度 」 とは行動のスピードである。


 「 ひとたび戦いを決意したならば、その決意を持続しなければならない。もはや “ いや ” と


か “ しかし ” とか言うことは、断じて許されない 」 _ 彼は 「 スピード 」 を最も重


視した。  戦端が開かれた時、すでに勝負は決していたのだ。


 己を知る。敵を知る。そして猛然と敵に攻め込む。それが勝利のセオリーだ。










                                   〜勝利が使命!から〜







                      *常勝の方程式を、
  

                           今、行動のなかで実現しよう***。
posted by 石君 at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 勝利が使命! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

ボリバル

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    ナポレオンの帝位戴冠式から、今年で203年 ( 1804年 12.2 )。

 シモン・ボリバル ( シモン・ホセ・アントニオ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ボリバ

ル・バラシオス  1783 7.24〜1830 12.17  現在のベネズェラ  南アメリカ諸国

をスペインから独立に導いた軍人、政治家 ) は、この式典に参加し、翌年、ローマのモンテ・サクロ

の丘で、南米の解放に生涯を捧げることを師ロドリゲスの前で誓った。

 「 ( 祖国の解放を勝ち取るまで ) 決して私のこの腕と心が安らぎ憩うことはないであろう 」

 と。 当時22歳、青年は師のもとから誓願の人生を始めた。

 彼は47歳で生涯を終えるまで、 「 私の最後の願いは祖国の幸福にある 」 と、民衆の自由と幸

福のために戦い抜いた。スペインの植民地であった現在のコロンビア、エクアドル、ベネズェラ、ペル

ー、そしてボリビアを解放した。

 人々の自立と幸福のために戦うが故に、彼には多くの敵がいた。 彼は語る。 「 人間は、偉大にな

れば逃れられないことがある。それは、妬みを持つ者から必ず噛みつかれることである 」 「 私の人

生は、容赦のない憎悪の的である 」 と。 彼自身、 「 私のことを不誠実で、二重人格者で、嘘つ

きだと言っている 」 と語ったように、うそや捏造で彼を陥れようと画策する勢力が数多く存在した。

 彼は自ら進んで謀略に戦いを挑んだ。 「 私にとって、栄光とは..... 敵を打ち破ることであり、

勝利の栄光をすべて私の同朋に与えることにあるとおもう 」。

 闘争を支えたのは 「 勇気 」 であった。 「 勇気によって、不幸に終止符が打てる 」 との

確信があったからだ。 また、 「 団結、団結、団結こそ、私たちの合言葉でなければならない 」 

と、 「 団結 」 の力で勝利をもぎ取ったのだ。

 キューバの革命家ホセ・マルティは彼の印象を 「 彼が話すときは、大きな火花が散るようです 」

 と語った。





                                   〜勝利が使命!から〜




       *「 団結 」 こそ力だ!

              炎を吐くような言論で友を奮い立たせよう***。
posted by 石君 at 06:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 勝利が使命! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする