2019年04月24日

未来のあなたへ..



  統一地方選終わってみれば残念落選した友人もいれば返り咲いた友人もいる総体的には嬉しい選挙結果だったかもね! ... 。

  古希を迎えた元事務所の同僚は見事返り咲きを果たした、駄目かなと思っていた選挙だけに嬉しさも倍増だ。思ったとおり女性の活躍が目を瞠った、政党ポスターを見てすぐさま知人に戦略をアドバイスしたけど聞き入れず彼はあえなく落選、他にも “じも党” と縁のない候補者は皆さん落選していた ... 。

  過去区議選を経験した感想だけど、区議選ほど大変な選挙もない、朝夕街頭活動しても、3000件歩いて1600人に会っても、結果は1166票しか入らなかった、男芸者とはよく言ったものだが、日常の活動、お座敷がかかれば飛んでって御酌して回るこれが出来ない奴は蹴落とされるシビアナ世界が区議選だ ... 。


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  その為に後援会を組織して磐石な体制で臨むこれは最低必要不可欠になる、普通10年から20年は掛かると言われている返り咲いた “A” さんは正にそのタイプだろう!じも党発展の為に益々頑張って欲しいAさんの当選は本当に元気を貰った、「 ありがとうAさん! 」 と心からそう言わせて頂きたい ... 。

  そして、これから大人に成って行く令和時代のあなたへ、そう未来のあなたへ、幸せを贈る、ひとときの夢を、花束に添えて、陽水の瞬きの歌詞のように、今口ずさんでます、人生は速いから、アッ!という間だから、今日も信濃町平和会館には全国否世界から多くの方がいらしてました。題目を唱えると幸せな気持ちになります皆さんね、と不肖小生も思います 。。。






  Ps.選挙に出馬された方お疲れ様でした結果はどうであれ人生楽しみましょう!(笑) ... 。
posted by 石君 at 13:58| 東京 ☁| Comment(0) | 広 宣 流 布 、弐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月03日

日本の柱..


  元号が平成から令和へ ... 。


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  月1ペースのアップなのに100人からの方が観てくれている “事” に喜んで好いのか悲しんで好いのかは別として感謝いたします。世間は新年度が始まり何か特別な季節否時代を迎えた “事” に新鮮な気持ちが湧いてくる感じは何度味わっても良いものですね、昭和から平成の時もそして平成から令和の時も ... 。

  思えば平成の時代は成功と失敗、栄光と挫折の時代でした、信仰に目覚めたこの16年余は、「 罰も功徳も方便 」 の毎日でした。地獄界即仏界の能通方便から信心を証明する秘妙方便へとマイナスは即プラスであり罰も即利益、人生に起こる一切が功徳でした。今、どんな姿をしていても、一切が 「 成仏イコール人間革命 」 の一場面です ... 。

  “真実” ( 仏界 ) を表している “方便” ( 九界 ) が秘妙方便です。たとえ不遇な状況におちっても、笑われても、けなされ、謗られ、迫害されても― いかなる苦難にあっても、決して屈しない。まったく動じない。そのような、堂々たる 「 人格 」 を鍛え、自分自身として輝き続ける。そのための信仰である ... 。


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  日蓮大聖人は、「 祈りは絶対に叶う、必ず所願満足の人生に入っていくことができる 」 と御断言です。忍耐強く、強盛に祈り抜き、祈り切ることが、人生を勝利していく直道です。一喜一憂するのでなく、“叶うまで祈り通す” 信心が、目に見えない福徳を生命に積んでいくことになり、絶対的幸福境涯を満喫することができるのです ... 。

  いかなる違いや葛藤があっても、相手の仏の生命を呼び覚まし、広宣流布の味方に変えていける。誰に対しても臆さず真実を訴える、令和時代の若い人達には、努力と誠実さと、そして 「 無知の知 」 ( 自らが無知であることを知る ) の謙虚さを大切にして、血の通う 「 人間 」 になってほしいと心からそう願う ... 。

  平成にはあの3.11の悲惨がありました、あの日の夜空を仰いだ被災者の誰もが 「 こんなに美しい満天の星空は見た “事” が無かった 」 と証言していました。それはきっと亡くなった全ての人が星と成り星空が “方便” だったのでしょう。御本尊を信じ、広宣流布に励むことが、総ての故人に福徳を送りゆく最高の追善回向になり残された被災者たちへの励ましとなるのです ... 。

  令和時代は、“アジアの心” “平和の心” は一つとの想いで先ずは日韓親善を “柱” に平和な世界の為に日蓮仏法の信仰者が主体者となり日本を否世界を浄化し悲惨の無い時代を創造し行く新時代を目指して共に “日本の柱” 否世界の柱に成り行く祈りを捧げて行こうと不肖小生も思います 。。。





 
  Ps.令和元年を迎えるにあたり、一昨年暮に平成時代の金銭貸借の対象法人と個人に対し “消滅時効の時効の援用権の宣言” をしてから1年余り一件の請求も問い合わせも無い “事” から総ての金銭貸借の時効が完結したことをご報告致します。今後は一切の問い合わせも対応も致しませんのでご了承願います、過去関係した総ての法人・個人の方々のご健康とご健勝を心から祈念致します ... 。

  
posted by 石君 at 11:43| 東京 ☀| Comment(0) | 広 宣 流 布 、弐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月07日

ありのまま..


  “今” を真剣に精一杯きる “事” ... 。

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  元ハワイ大学総長のフジオ松田博士がハワイ日系移民志50周年を記念して、ホノルル領事公邸で行ったスピーチの内容をご紹介します。

  【 元年者の後何が起こったかと言う話の中には二人の重要人物がいます。それはハワイのカラカウア国王と日本の明治天皇です。

話は元年者がハワイに到着して13年経った1881年、カラカウア国王が明治天皇に会いに行った旅行から始まります。

それは大王がOCEANICという船にのり、世界各国を回る途中の一地点でした。早朝8時に横浜港に到着し、彼は日本国は自分達の来訪を知らないと思っていました。

カラカウア大王の船が王旗をマストに挙げた瞬間、港に停泊していたロシア、フランス、イギリス、日本の海軍戦艦が21大砲を放ち、彼の船を歓迎しました。

そして天皇から指示された歓迎委員が、OCEANICに搭乗し、天皇からの丁寧な歓迎の挨拶と滞在中のお世話をするという招待を受けます。

軍の音楽隊が港で国歌の ”Hawaii Ponoi” の演奏を始め、カラカウア大王は強い感動を受けました。その歌は大王が作詞をし、Henrich”Henry” Berger が作曲した物でした。

国王と彼の側近は東京の皇居にエスコートされて、そこで天皇と皇后に歓待されました。滞在中は天皇の大切なゲストとして、丁重なおもてなしを受けました。

天皇と皇后から大歓迎を受けたカラカウア大王ですが、

滞在中にハワイのサトウキビ畑に日本人の労働力が必要であることを天皇に訴えました。

カラカウア大王は日本人がハワイを永住の国として移住し、ハワイ王国を繁栄してくれる事を熱望している旨訴えました。その時ハワイは、西洋からハワイに持ち込まれた新しい病気に感染し、免疫力も抵抗力も無いハワイ人が沢山亡くなり、人口が急減少し、国の滅亡危機に脅かされていました。

カラカウア大王はハワイ人と日本人は先祖がどこかで繋がっていて、同じ価値観を共有するベストパートナーと考えていたのでした。

天皇はカラカウア大王の案に賛同し、移民を送る約束をしました。両国は条約にサインをし、これがハワイ政府と明治政府が結んだ 「 官約移民 」 で、1885年には950人の日本人がハワイに到着しました。その数字は18万人まで膨れ上がりましたが、1924年にアメリカがアジア移民に対する法律を設定し、日本人労働者の入国が禁止されました。

カラカウア大王が1881年に書いた日記があります。「 さようなら日本、美しい日本。この親切でもてなしの心の国民性を持つ素晴らしい国を長く忘れないであろう。アロハ 」

官約移民こそがハワイのAJAと言われる、日本祖先をもつアメリカ人なのです。元年者と違い、官約移民のほとんどはハワイを自分達の国として移住して来ました。

多くは砂糖キビ畑で退職するまで働き、あるいは死ぬまで働きました。一部は3年契約を終えた後、プランテーションから出て、他で雇われたり、自分で仕事を始めました。

カカアコはハワイ人と移民の家族で出来た、多民族の集落でした。私はカカアコの日系人の住む所で生まれ育ちました。私の最初の言語は家で話す日本語でした。

そこは家から2,3ブロックの所で、必要な物は何でも揃う、孤立した地域でした。私がPohukaina Elementaryに入学した時、クラスメートのほとんどは日本人でした。あとは中国人、ハワイの現地人、ポルトガル人、フィリッピンンの子供が少しいました。

多少英語が話せる子供はいましたが、殆どは英語とハワイ語と他の国の単語が混ざったピジョンイングリッシュ を話していました。ピジョンは複雑で、文法も怪しく、奇妙な単語から出来ているので、他の人が理解するのは不可能でした。

それは貧しいものや、移民と現地のハワイ人のコミュニティーのみに通じる秘密の暗号の様な物で、私達は使うのが楽しかったのを覚えています ... (転載記事)。 



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  カカアコ地区は “今” 正に変貌を遂げています。池田先生が海外訪問最初の地を第1歩をハワイにした訳も頷けますね、その先生が、『 戸田先生は、「 ありのまま 」 の本有無作の境涯の達人であられた 』 と云われた。「 ありのまま 」 とは、その身のままでありながら、常に生命を磨いていくことです ... 。


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  現代的に言えば、人間革命の真髄の姿が即身成仏の実証に他ならない。「 煩悩即菩提 」 「 生死即涅槃 」 とは、「 戦い続ける信心 」 の中でこそ実現する。明治にハワイへ移住し根ずいた日系移民の生きる闘いが在ってこそ “今” の日系ハワイ人が在るように “今” を真剣に精一杯生きる “事” で自身の 「 ありのまま 」 が在る ... 。


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  その為にも何があっても 「 妙法蓮華経 」 が自身と当体であり胸中に尊極な仏の生命が具わっていることを信じて題目を唱える実践と三世にわたって御本尊から離れないという持続、不退転の信心、そして広宣流布を目指し異体同心で南無妙法蓮華経を唱えて行くことが大切であり必要なのだと不肖小生も思います 。。。

  

  

  
posted by 石君 at 11:33| 東京 ☀| Comment(0) | 広 宣 流 布 、弐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする