2020年01月31日

終わりはない..


  人間革命の挑戦に終わりはない ... 。

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  余韻にひたらず、常に新たな前進を!

 小説 『 新・人間革命 』 の新聞連載が、全三十巻をもって、完結の時を迎えた。
 沖縄での前作の起稿からは、五十四年に及ぶ執筆となる。
 「 命の限り 」 と覚悟しての挑戦であったが、全同志の真心に包まれ 「 更賜寿命 」 の大功徳で、牧口常三郎先生、戸田先生にお誓いした世界広布の大前進の中、連載の区切りをつけることができた。
 弟子として感慨は無量であり、感謝は言葉に尽くすことができない。
 あの地震直後の北海道では、婦人部をはじめ、同志の祈りと関係者のご尽力で、最終回の載った紙面が印刷・配布されたと伺った。
 あらためて、陰に陽に支え続けてくださった、日本中、世界中の全ての皆様に心から御礼を申し上げたい。
 ありがたくも、「 連載が終わって寂しい 」 との声も多く頂いている。
 しかし、師弟して歩む我らの 「 人間革命 」 の挑戦に終わりはない。
 私は、可憐な鼓笛隊の演奏会で目に留めた光景を思い出す。それは、舞台の奥で真剣に打楽器を叩く乙女が、演奏の際、楽器にパッと手を添え、余韻が残らないように工夫していた姿である。
 「 余韻にひたらず、常に新たな前進を! 」 ――日蓮仏法の真髄は 「 本因妙 」 だ。一つの 「 終幕 」 は、新たな戦いの 「 開幕 」 なのである。
 まさに 「 月月・日日につよ (強) り給へ・すこしもたゆ (撓) む心あらば魔たよりをうべし 」 ( 御書一一九〇ページ ) である。
 二十五年前、『 新・人間革命 』 の執筆を始めた直後の九月、私はアメリカの名門ハーバード大学で、「 二十一世紀文明と大乗仏教 」 と題して講演を行った。
 そこで訴えた一点は、宗教をもつことが人間を
 「 強くするのか弱くするのか 」
 「 善くするのか悪くするのか 」
 「 賢くするのか愚かにするのか 」 ――
 この指標である。
 変化の激流の中を生きることを運命づけられた人間が、より強く、より善く、より賢くなる――どこまでも成長していく原動力となってこそ、「 人間のための宗教 」 なのである。そして、これこそが、我らの 「 人間革命の宗教 」 なのである。
 この点、アメリカのデューイ協会元会長のガリソン博士も信頼の声を寄せてくださった。
 「 人間革命 」 とは一人ひとりが、かけがえのない可能性を現実の中に開発し、社会全体に貢献していくのである。ゆえに 「 人間革命 」 の理念を掲げるSGIは、「 どこまでも成長する宗教 」 である と。


  誓願の旅は続く

 『 新・人間革命 』 に託した私の真情は、「 戸田大学 」 で恩師から一対一の薫陶を受けたように、日本中、世界中の青年たちと、この書を通して命と命の対話を交わしたいということであった。
 嬉しいことに、その願いの通り、今、いずこの地でも地涌の若人が 「 人間革命 」 の精神を学び、「 山本伸一 」 の心を体して、人生と広布に、栄光の実証を威風堂々と勝ち示してくれている。
 小説 『 人間革命 』 は、恩師が戦禍の暗闇を破って一人立つ、「 黎明 」 の章で始まり、不二の弟子に受け継がれる 「 新・黎明 」 の章で終わった。
 『 新・人間革命 』 は、「 旭日 」 の章で始まった。旭日が昇るように、創価の師弟は世界広布へ飛翔を開始したのだ。
 恩師の分身として、仏法の慈光を世界へ届けるため、私は走った。
 人間の中へ、民衆の中へ飛び込み、対話の渦を巻き起こしていった。そして、最後の章は、「 誓願 」 として結んだ。
 御書には、「 願くは我が弟子等・大願ををこせ 」 ( 一五六一ページ )、「 大願とは法華弘通なり 」 ( 七三六ページ ) と仰せである。
 師と同じ大法弘通の大願に立てば、力は無限に湧き出すことができる。それが、誇り高き地涌の菩薩の底力だ。
 師弟の誓願の太陽は、母なる地球を照らし、未来永遠を照らす光源として、今、いやまして赫々と輝き始めたのである。
 あの国にも、この天地にも、友がいる。民衆が待っている。
 さあ、人類が待望してやまぬ 「 世界広布 」 即 「 世界平和 」 へ、新たな決意で、新たな出発だ。
 我は進む。君も進め。
 我は戦う。君も戦え。
 我は勝つ。君も勝て。

 我らは、共々に 「 人間革命 」 の大光を放ちながら、新鮮なる創価の師弟の大叙事詩を綴りゆくのだ! 君と我との誓願の旅を、永遠に!
 ... (転載記事) ... 。


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  世界平和への人間革命の壮大なドラマはけっして終わらない。その大叙述劇がそのまま世界の宗教史となるのはもう目に見えて明らかだ。暴力か対話か分断か統合か世界も大きな変革を求められている。一人の人間として対話と統合の使命を生きる人間革命のキャストに成れた “事” はそれだけで幸せなのだと不肖小生も思います 。。。
posted by 石君 at 14:28| 東京 🌀| Comment(0) | 広 宣 流 布 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月30日

棚に上げる..


  自分にとって不都合なことには触れない人や知らん顔する人が実に多いのも困ったものです ... 。

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  自分の “事” を棚にあげて人を責める輩がいる。何時までも怨みに思ってその執着に囚われて自分の反省が無い。この世で自分に起こっている “事” は全て自分自身の問題だ原因も結果も全ては自分の責任だ。それを他人を悪者に仕立てて自らが利益を得ようとしても最後は必ず滅びる ... 。

  簡単に言えば仏道修行者の例えば強盛な法華経の行者の過去に触れて何時までも拘りを持とうとする行為は愚かとしか言いようが無い。それは法華経と言う最高の教えの前では人間の営みは善悪の結果の現証であって特に金に執着する人は金に使われて終わる。金を働かせる人は何もしなくても雪だるま式に金だけ増える ... 。

  金を使う人になっても金に使われたらその人の一生は前を走る金だけを追う人生で終わる。そんな人は信心しない限り信心している人には近寄らないことが身の為だ今世では旨く逃れても来世ではとんでもない仏罰を受ける筈である。まぁ自分を棚に上げる人生から自分の責任で対話する人生へ変革する “事” も立派な人間革命だと不肖小生も思います 。。。





  Ps.小生は自らの反省にたって毎日を過ごしている誰が何を思って企んでるかその位判らないと思わないで欲しい。自らの行為や行動を善か悪か良く考えて貰いたい。縁とは善い縁が善い結果を生むのだから無理クリ自分達の都合で物事を進めても結果は悲しいものである。それぞれの人生を有意義に生きて欲しい。対峙すれば傷がつく心を開けば癒されるそれが人間だと思うから ... 。
posted by 石君 at 22:27| 東京 ☀| Comment(0) | “ じも党 ” ( 地元 ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月29日

世界総本部..


  信濃町 ( 世界総本部 ) に行こう ... 。

  創価学会会憲

 釈尊に始まる仏教は、大乗仏教の真髄である法華経において、一切衆生を救う教えとして示された。末法の御本仏日蓮大聖人は、法華経の肝心であり、根本の法である南無妙法蓮華経を三大秘法として具現し、未来永遠にわたる人類救済の法を確立するとともに、世界広宣流布を御遺命された。
 初代会長牧口常三郎先生と不二の弟子である第二代会長戸田城聖先生は、 1930年11月18日に創価学会を創立された。創価学会は、大聖人の御遺命である世界広宣流布を唯一実現しゆく仏意仏勅の正統な教団である。日蓮大聖人の曠大なる慈悲を体し、末法の娑婆世界において大法を弘通しているのは創価学会しかない。ゆえに戸田先生は、未来の経典に 「 創価学会仏 」 と記されるであろうと断言されたのである。
 牧口先生は、不思議の縁により大聖人の仏法に帰依され、仏法が生活法であり価値創造の源泉であることを覚知され、戸田先生とともに広宣流布の実践として折伏を開始された。第二次世界大戦中、国家神道を奉ずる軍部政府に対して国家諫暁を叫ばれ、その結果、弾圧・投獄され、獄中にて逝去された。牧口先生は、「 死身弘法 」 の精神をご自身の殉教によって後世に遺されたのである。
 戸田先生は、牧口先生とともに投獄され、獄中において 「 仏とは生命なり 」 「 我、地涌の菩薩なり 」 との悟達を得られた。戦後、創価学会の再建に着手され、人間革命の理念を掲げて、生命論の立場から、大聖人の仏法を現代に蘇生させる実践を開始された。会長就任に当たり、広宣流布は創価学会が断じて成就するとの誓願を立てられ、「 法華弘通のはたじるし 」 として、「 大法弘通慈折広宣流布大願成就 」 「 創価学会常住 」 の御本尊を学会本部に御安置され、本格的な広宣流布の戦いを展開された。戸田先生は、75万世帯の願業を達成されて、日本における広宣流布の基盤を確立された。
 第三代会長池田大作先生は、戸田先生の不二の弟子として、広宣流布の指揮をとることを宣言され、怒濤の前進を開始された。
 日本においては、未曾有の弘教拡大を成し遂げられ、広宣流布の使命に目覚めた民衆勢力を築き上げられた。とともに、牧口先生と戸田先生の御構想をすべて実現されて、大聖人の仏法の理念を基調とした平和・文化・教育の運動を多角的かつ広汎に展開し、社会のあらゆる分野に一大潮流を起こし、創価思想によって時代と社会をリードして、広宣流布を現実のものとされた。
 会長就任直後から、全世界を駆け巡り、妙法の種を蒔き、人材を育てられて、世界広宣流布の礎を築かれ、1975年1月26日には、世界各国・地域の団体からなる創価学会の国際的機構として創価学会インタナショナル ( SGI ) を設立された。それとともに、世界においても仏法の理念を基調として、識者との対談、大学での講演、平和提言などにより、人類普遍のヒューマニズムの哲学を探求され、平和のための善の連帯を築かれた。池田先生は、仏教史上初めて世界広宣流布の大道を開かれたのである。
 牧口先生、戸田先生、池田先生の 「 三代会長 」 は、大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現する使命を担って出現された広宣流布の永遠の師匠である。「 三代会長 」 に貫かれた 「 師弟不二 」 の精神と 「 死身弘法 」 の実践こそ 「 学会精神 」 であり、創価学会の不変の規範である。日本に発して、今や全世界に広がる創価学会は、すべてこの 「 学会精神 」 を体現したものである。
 池田先生は、戸田先生も広宣流布の指揮をとられた、「 三代会長 」 の師弟の魂魄を留める不変の根源の地である信濃町に、創価学会の信仰の中心道場の建立を発願され、その大殿堂を 「 広宣流布大誓堂 」 と命名された。
 2013年11月5日、池田先生は、「 大誓堂 」 の落慶入仏式を執り行なわれ、「 広宣流布の御本尊 」 を御安置され、末法万年にわたる世界広宣流布の大願をご祈念されて、全世界の池田門下に未来にわたる世界広宣流布の誓願の範を示された。
 世界の会員は、国籍や老若男女を問わず、「 大誓堂 」 に集い来り、永遠の師匠である 「 三代会長 」 と心を合わせ、民衆の幸福と繁栄、世界平和、自身の人間革命を祈り、ともどもに世界広宣流布を誓願する。
 池田先生は、創価学会の本地と使命を 「 日蓮世界宗創価学会 」 と揮毫されて、創価学会が日蓮大聖人の仏法を唯一世界に広宣流布しゆく仏意仏勅の教団であることを明示された。
 そして、23世紀までの世界広宣流布を展望されるとともに、信濃町を 「 世界総本部 」 とする壮大な構想を示され、その実現を代々の会長を中心とする世界の弟子に託された。
 創価学会は、「 三代会長 」 を広宣流布の永遠の師匠と仰ぎ、異体同心の信心をもって、池田先生が示された未来と世界にわたる大構想に基づき、世界広宣流布の大願を成就しゆくものである
 ... (転載記事) ... 。


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  色々な新興宗教が日本社会に展開しているが世界に向いて発振している日蓮仏法の宗教団体は創価学会だけだ。海外生活の経験者なら概ね理解していると思うが経済大国とは名ばかりで日本は一島国にしか過ぎない。日本に於ける新興宗教の位置つ”けは一島国の宗教としかとらわれていないのが現実だ ... 。

  そんな中第三代会長の池田大作先生は会長就任後間もなくハワイへ飛び世界広布の第一歩を記した。あれから60年200ヶ国近い国に創価の波動は拡がり続けている。この事実一つ取っても偉業中の偉業であり唯一日本発振の世界宗教である証拠だ。創価の信心が本物であるばかりか世界の宿命を転換しようとしている ... 。

  90年の歴史しかない創価学会が何千年の歴史を持つキリスト教や他の宗教の宿命を転嫁し日蓮仏法の魂の種を世界の地に下ろすのも時間の問題だ。今世で学会と縁が出来た “事” は奇跡に等しい否奇跡など無いこれは必然なのだ。だから人生楽しく行こう、一緒に信濃町 ( 世界総本部 ) へ行きましょう、と不肖小生も思います 。。。
posted by 石君 at 15:30| 東京 ☀| Comment(0) | 広 宣 流 布 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする