2019年02月22日

解散届け..


  本日都庁選管に政治団体 ( 地域政党じも党 ) の解散届けを提出し受理された ... 。

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  長年会計責任者の任を御願していたI氏にお礼を申し上げて近々一献でもと思ったら、そのIさんから、「 A先生が亡くなったよ! 」 と御聞きして驚愕した、A先生はI氏とは共通の盟友で長年音沙汰だったので心配はしていたがまさか他界していたとは知らなかったからだ、全く持って諸行無常である ... 。

  人間の幸福とは、生き死にとは、話は仏法にとびますが、「 相対的幸福 」 とは、経済的な豊かさや社会的な地位など、自分の外の世界から得られる幸福、一方、「 絶対的幸福 」 とは、困難や試練にも負けることなく、生きていること自体が楽しいという境涯の確立、亡くなったA先生は前者だったのかも知れません ... 。

  たとえば、「 女性の幸せとは、人間の幸せとは、学歴や財産、あるいは結婚といったことで決まるものではない。すべては、人間として、自分に勝つ強さをもつことから始まる 」 仏法で説く、「 幸福 」 は、自分の外にあるのではなく、自身の胸中にあります。その “こうふくの宮殿” の扉を開く実践が、唱題であり、広宣流布の活動です ... 。


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  法華経は慈悲の経典です、「 救いたい 」 という思いがあるから、「 どう救えばよいのか 」 と悩むのです。慈悲があるからこそ、智慧が湧く。それが 「 方便力 」 です。仏とは、ある意味で、悩み続ける人のことかもしれない。人々の 「 幸福になる力 」 を開くために。自身の使命を果たすために ... ( 法華経の智慧から転載 ) ... 。

  若き日の池田先生が大田区大森の森ヶ崎海岸で、キリスト教への入信を打ち明ける友と語り合ったことを思い先生は、まだ、友人に確信を持って語ることのできる思想や哲学はなかった。「 ぼくの願いは、君が幸せになることだ。ぼくが進もうとする道とは異なると思うが、人生の大空に飛び立ってもらいたい。お互い頑張ろう 」 と森ヶ崎海岸という題の詩を残した ... 。

  そして先生は後に青年たちに語った、「 .....もし、彼と会うことができたら、また、人生を語り合いたい。そして、仏法を教えたいと思う、布教といっても友情から始まる。相手を尊重してこそ、本当の対話ができる 」 と... 。 解散届けを出した今日思う、A先生が生きていて再び会うことがあったらきっと池田先生と同じだったと不肖小生も思います 。。。




  Ps.「 森ヶ崎海岸 」 

    岸辺に友と 森ヶ崎
    磯の香高く 波かえし
    十九の春  道まよい
    哲学語り  時はすぐ ( 中略 ) ... 。



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posted by 石君 at 17:37| 東京 ☀| Comment(0) | “ じも党 ” ( 地元 ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月11日

政治ポスター..



  政治ポスターが目に付くようになった ... 。

  長年の感でいける ( 当選する ) 候補者が判るようになっている。女性候補だが全くの無名の新人、政治ポスターの弁士も “じも党” 大田区とは縁のない都議会議員だ、でも 『 この人は当選するな! 』 と判ってしまう、不思議なんだけどそれが極めた人間の感だ。早速知人の無所属候補者に連絡を取って戦略を促した ... 。

  投票率が上がらない選挙では組織票の有る候補者が当選する、今度の地方選も然り、その中で政治離れした有権者が求める候補者が意外性の候補者だ、『 何か変えてくれそうだ! 』 『 格好が好い! 』 『 ヒーローみたいだ 』 等々、浮動票の本質がそこに在る、自民、公明、共産、これらの政党以外はまだコアな政党とは言えない ... 。


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  二大政党制に何故するのが良いのか、それは、一人が財布を握るより交代で握るほうが使い方や配分が変わるでしょう!、という “事” だ。だがどちらに成っても別に大衆庶民には差ほど関係はない様にも思う、権力争い利権争い、その程度の政治なら現状でも良いという有権者がいても不思議ではない ... 。

  軍資金が揃えば何時でも何の選挙にでも打って出るつもりだが、政治に魅力を感じない有権者が増える中では容易ではないでしょう、“カネ” の価値観も人夫々だし、ましてや後でガタガタ言われるのもウンザリだしね!。今は電話を取らない友人も暫く待ってて欲しい、今はそういう時期だから御理解の程宜しくお願いしますと不肖小生も思います 。。。
posted by 石君 at 22:57| 東京 ☁| Comment(0) | “ じも党 ” ( 地元 ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月07日

ありのまま..


  “今” を真剣に精一杯きる “事” ... 。

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  元ハワイ大学総長のフジオ松田博士がハワイ日系移民志50周年を記念して、ホノルル領事公邸で行ったスピーチの内容をご紹介します。

  【 元年者の後何が起こったかと言う話の中には二人の重要人物がいます。それはハワイのカラカウア国王と日本の明治天皇です。

話は元年者がハワイに到着して13年経った1881年、カラカウア国王が明治天皇に会いに行った旅行から始まります。

それは大王がOCEANICという船にのり、世界各国を回る途中の一地点でした。早朝8時に横浜港に到着し、彼は日本国は自分達の来訪を知らないと思っていました。

カラカウア大王の船が王旗をマストに挙げた瞬間、港に停泊していたロシア、フランス、イギリス、日本の海軍戦艦が21大砲を放ち、彼の船を歓迎しました。

そして天皇から指示された歓迎委員が、OCEANICに搭乗し、天皇からの丁寧な歓迎の挨拶と滞在中のお世話をするという招待を受けます。

軍の音楽隊が港で国歌の ”Hawaii Ponoi” の演奏を始め、カラカウア大王は強い感動を受けました。その歌は大王が作詞をし、Henrich”Henry” Berger が作曲した物でした。

国王と彼の側近は東京の皇居にエスコートされて、そこで天皇と皇后に歓待されました。滞在中は天皇の大切なゲストとして、丁重なおもてなしを受けました。

天皇と皇后から大歓迎を受けたカラカウア大王ですが、

滞在中にハワイのサトウキビ畑に日本人の労働力が必要であることを天皇に訴えました。

カラカウア大王は日本人がハワイを永住の国として移住し、ハワイ王国を繁栄してくれる事を熱望している旨訴えました。その時ハワイは、西洋からハワイに持ち込まれた新しい病気に感染し、免疫力も抵抗力も無いハワイ人が沢山亡くなり、人口が急減少し、国の滅亡危機に脅かされていました。

カラカウア大王はハワイ人と日本人は先祖がどこかで繋がっていて、同じ価値観を共有するベストパートナーと考えていたのでした。

天皇はカラカウア大王の案に賛同し、移民を送る約束をしました。両国は条約にサインをし、これがハワイ政府と明治政府が結んだ 「 官約移民 」 で、1885年には950人の日本人がハワイに到着しました。その数字は18万人まで膨れ上がりましたが、1924年にアメリカがアジア移民に対する法律を設定し、日本人労働者の入国が禁止されました。

カラカウア大王が1881年に書いた日記があります。「 さようなら日本、美しい日本。この親切でもてなしの心の国民性を持つ素晴らしい国を長く忘れないであろう。アロハ 」

官約移民こそがハワイのAJAと言われる、日本祖先をもつアメリカ人なのです。元年者と違い、官約移民のほとんどはハワイを自分達の国として移住して来ました。

多くは砂糖キビ畑で退職するまで働き、あるいは死ぬまで働きました。一部は3年契約を終えた後、プランテーションから出て、他で雇われたり、自分で仕事を始めました。

カカアコはハワイ人と移民の家族で出来た、多民族の集落でした。私はカカアコの日系人の住む所で生まれ育ちました。私の最初の言語は家で話す日本語でした。

そこは家から2,3ブロックの所で、必要な物は何でも揃う、孤立した地域でした。私がPohukaina Elementaryに入学した時、クラスメートのほとんどは日本人でした。あとは中国人、ハワイの現地人、ポルトガル人、フィリッピンンの子供が少しいました。

多少英語が話せる子供はいましたが、殆どは英語とハワイ語と他の国の単語が混ざったピジョンイングリッシュ を話していました。ピジョンは複雑で、文法も怪しく、奇妙な単語から出来ているので、他の人が理解するのは不可能でした。

それは貧しいものや、移民と現地のハワイ人のコミュニティーのみに通じる秘密の暗号の様な物で、私達は使うのが楽しかったのを覚えています ... (転載記事)。 



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  カカアコ地区は “今” 正に変貌を遂げています。池田先生が海外訪問最初の地を第1歩をハワイにした訳も頷けますね、その先生が、『 戸田先生は、「 ありのまま 」 の本有無作の境涯の達人であられた 』 と云われた。「 ありのまま 」 とは、その身のままでありながら、常に生命を磨いていくことです ... 。


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  現代的に言えば、人間革命の真髄の姿が即身成仏の実証に他ならない。「 煩悩即菩提 」 「 生死即涅槃 」 とは、「 戦い続ける信心 」 の中でこそ実現する。明治にハワイへ移住し根ずいた日系移民の生きる闘いが在ってこそ “今” の日系ハワイ人が在るように “今” を真剣に精一杯生きる “事” で自身の 「 ありのまま 」 が在る ... 。


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  その為にも何があっても 「 妙法蓮華経 」 が自身と当体であり胸中に尊極な仏の生命が具わっていることを信じて題目を唱える実践と三世にわたって御本尊から離れないという持続、不退転の信心、そして広宣流布を目指し異体同心で南無妙法蓮華経を唱えて行くことが大切であり必要なのだと不肖小生も思います 。。。

  

  

  
posted by 石君 at 11:33| 東京 ☀| Comment(0) | 広 宣 流 布 、弐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする