2018年05月30日

御前の..


  御前のせいで、と御前の御蔭で、とは豪い違いがある ... 。


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  如何に多くの縁した人から “御前の御蔭で” と言われるかに人生の価値があると言っても過言ではないだろう。亡き母が幼少から大変苦労した話を子供ながらに聞かされて育ち “姉さんの御蔭で” と親戚や知人から言われている母を見て育ったので自然と身に付いた ... 。

  身に付いた筈の御節介だったが時として裏目に出てしまった、魔が差した、そして羅針盤を失って人生が狂った総てを失った。そして日蓮仏法に出会い宿業・宿命を知った、道理を知った、人間革命を知った、偉大な使命を知った、還暦と言えば人生の終焉最終章だが新たな出発だと知った ... 。

  これだけでも充分幸せだが、これから “御前の御蔭で” と言われる喜びを味わう人生を生きられる時間が始ると思うと何だかワクワクしてくる人間60まで生きられないそう思った時期もあったがとんでもなかった正に華の60代第二の青春時代の幕開けだ ... 。

  金持なんかじゃないけど、これだけは信じてアイラブユー、ってどっかで聞いた台詞だけどそんな心境だね、心一つの置き所とでも言いましょうか尾崎 紀世彦の “また会う日まで” の歌詞みたいに、人間別れてはまた出会うその繰り返し還暦前ってそうね成人式前夜に似てる様な気がする ... 。

  還暦式って区で遣ればいいのになと思うよ、どう言ったらいいんだろう何か善い事が始る予感がするんだよね確かな予感がねこれも人間革命なんだと思うよ経済革命なんていう人も居たけど年齢が許す人と許さない人が居るんじゃない還暦後はそうねマッタリ革命かなそれで充分だと大聖人様も言ってると不肖小生も思います 。。。  
posted by 石君 at 00:00| 東京 ☁| Comment(0) | 広 宣 流 布 、弐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月28日

公僕魂..


  新井将敬先生没後20年に想う ... 。


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  民主党が政権を取る前夜、古参の民主党都議から衆院選出馬への誘いがあった、その直前の後援会長もその前も自民党支持者で小生は信心してから公明党公認で都議から国会議員へとの思いが強くどれも実現へと至らなかった、結果無所属で地方選挙に出馬し落選その後病気で倒れて現在に至って居る ... 。

  まぁ無理もない事だが創価学会に入会当初公明党からの出馬を断られ以後支持する後援者との温度差から迷走し続けた結果の末路だ、だが最近介護サービスの事業を営む御婦人と再会してその後御手紙を頂き経営する介護施設の御手伝いをして貰えないかと相談され再度福祉政策への眼目に目覚めた ... 。

  婦人は、「 石原聖康さんは、トップが放り出す.. 最大の被害者で、人生が狂ってしまい、本来の能力を生かせなかったのでしょうね。病気というおまけが良かったのか悪かったのか.. でも、生きていればこそ.. です。」 という内容を手紙の文中に認めてくれました ... 。

  実はこの文章に触れた時 ( 平成30年1月末日 ) に新井将敬先生没後20年間の肩の荷がおりた瞬間だったのです。日本歯科医師会元会長の山崎数男先生の実弟文男先生の御紹介で新井将敬事務所の門を叩いてから実に30年後の事です。その文男先生も一昨年亡くなられました ... 。


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  想うに、自民党でも民主党でも公明党以外の政党で地方でも国会でも議員に選ばれなくて本当に良かったなと今は思います。極東アジアの政治が大きく動いている最中我が国の国会議員や内閣ははたしてまともに機能しているのだろうかそう考えた時に一抹の寂しさを感じます ... 。

  公僕魂が失われつつある危機感を感じずにはいられません霞ヶ関も巨大学校法人も巨大宗教団体も官僚主義が支配して組織防衛の為にだけ総てが機能する怖い現実が連日目に飛び込んで来る昨今、“公僕魂を取り戻せ” は “日本を取り戻せ” の前に必要な “事” ではないでしょうか ... 。
  
  日本を取り戻すとは公僕魂を取り戻す事ではないでしょうか、日米同盟の行く末も必ず変化してくるそう思う時に少しでも希望が持てる政党としてその支持層が純粋で強固な公明党を置いてないと考えています。新生公明党から国会議員に選ばれるようそのような方向に進みます ... 。 

  昔、当時の同僚に “大丈夫マイフレンド” と励まされた事に対し今度はこちらから “大丈夫マイフレンド” と返す為にも社会福祉大国日本を目指しその政策に眼目を据えて華の60代を迎えたいと考えてます、人生早いはあっても遅いはない、なので生涯を公僕魂一直線で行きたいと不肖小生も思います 。。。  

posted by 石君 at 00:53| 東京 ☁| Comment(0) | “ じも党 ” ( 地元 ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月26日

時代遅れ..


 


  日大アメフト部の監督とコーチのそして学長の会見を見て小生がどちら側かなと考えた時に何を思ったかこの歌 ( 時代遅れ ) が十八番だった幼馴染の親友を思い出した、彼は奥さんの実家が営む社員100人程の会社の重役なんだけどサザエさんで言えばマスオさんなんだな ... 。

  でも彼は昔から正義に生きる奴だった、大学時代にイベントクラブの合宿先、新島の民宿で民宿の冷蔵庫を打ち壊した仲間を庇い宿の主にそんな奴は俺の仲間には絶対に居ないと凄んで “事” を納めた本当は酔っ払って仲間の誰かが打ち壊したのに彼はそれを知らずに仲間を信じて事を納めた ... 。


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  日大騒動のTVを見て指導者生徒ともそういう奴が居なくなった時代なのかなとそう思った時に一抹の寂しさを感じずに入られませんでした、死ぬまでには奴と一献交わす時が必ず来るとは信じてはいるけど歳を重ねる事は寂しさを重ねる事でも在るのだと思ってしみじみ一日を噛締めて生きている次第です ... 。

  それゃ時代遅れでもなく歳取れば時代は過ぎていく訳で時代遅れなんて言葉は若い奴が年寄りに向かって放つ威勢のいい言葉だと受け止めれば何てことないと思うよ、だってこれからの時代元気なリタイヤ組みの活躍がこの国を支えると言っても過言でないし特に介護業界はそうなると不肖小生も思います 。。。


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  Ps.人生は、宿命との容赦なき闘争といえる。愛する人を失うこともあれば、自らが病に倒れることもある。あるいは、家庭の不和、子どもの非行、失業、倒産、生活苦。これでもか、これでもかというほど、怒濤のごとく、苦難は襲いかかってくる。だからこそ、信心なのだ。自らを強くするのだ。信心で乗り越えられぬ宿命など、断じてない。苦難に負けず、労苦を重ねた分だけ、心は鍛えられ、強く、深くなり、どんな試練をも乗り越えていける力が培われていく。さらに、人の苦しみ、悲しみがわかり、悩める人と共感、同苦し、心から励ましていくことができる、大きな境涯の自分になれる。また、苦難に挫けることなく、敢然と戦い進む、その生き方自体が、仏法の偉大なる力の証明となっていく。つまり、広宣流布に生き抜く時、宿命は、そのまま自身の尊き使命となり、苦悩は心の財宝となるのだ ... (転載記事) 。
     
posted by 石君 at 00:13| 東京 ☀| Comment(0) | 広 宣 流 布 、弐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする