2018年03月30日

日蓮橋


  散る桜散らぬ桜も散る桜 ... 。

  大田区に日蓮橋という橋があります、知る人は知る橋なのですけど意外に知らない人のほうが多い、次兄の義母の葬儀を終えてちと寂しかったのかふと日蓮橋にて夜桜見物方々花見酒と洒落てみたのですが、少し薄暗いせいか桜の花が今一その魅力を発揮出来ないでいました ... 。
  
  まぁ、一年に数日の “事” で照明に “カネ” を掛ける人もいなのでしょうんね、人は何時か必ず死にます、死なない人は一人もいません、でも散っても一年後また咲いてくる桜の花のように人間も何時か何処かに必ず生まれて来ます ... 。 


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  それを仏教では輪廻転生と云っています、何時だったか酒席で遊技場を経営する親友にこう言いました、「 お前金持ちに成っても満たされないみたいだし来世で北の王様に成りたいなら法華経の行者になりな 」 と、そしたら成れるよきっと ... 。

  ゲームセンターに行って散々遊んで “ウイン” しなかったからゲーム代返せはないだろう、人生なんてそんなもんさ “カネ” じゃない “人” なんだよ、わかるかなわからないだろうな.. でも何時かわかってくれればそれで良いだって人生早いはあっても遅いはないから、と不肖小生も思います 。。。
posted by 石君 at 00:00| 東京 ☀| Comment(0) | “ じも党 ” ( 地元 ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月29日

豊かな死..


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  U ( 2013年3月号 ) に 「 豊かな死を迎えるために 」 と題された記事があった。沢山の看取りをしたホスピスの医師の話である。この医師は、「 私は医者になって38年になるが、死に対する尊敬心は一度も消えたことはない。人間の死はすごい。死には決まったプログラムやストーリーなどないし、パターンもマニュアルもない 」 と語り、さらに次の内容を記していた ... 。

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  私は幼少期、急性腎炎で2回入院した。入院中、他の子供が亡くなっていくのを目の当たりにした。そんな経験をして、17歳の時、『 亡くなっていく人の傍で、手を握って上げる仕事をしたい 』 と決めた。私は、末期癌の患者さんと話をするとき、
「 死ぬ前に何がしたいですか? 」 と尋ねた。
「 自叙伝を書きたい」とか、
「社会貢献をしたい 」 とか、大きな願いを口にする人はほとんどいない。多くは、
「 自転車に乗って街を走りたい 」 とか、
「 ダシの効いたおいしいウドンを食べてみたい 」、あるいは 
「 息子に弁当を作ってあげたい 」 と、ごく当たり前の日常を望んでいた。癌が進行し、立ち上がることもできない方が、
「 立ってみたい 」 と言うものだから、
「 教壇に立つ 」 という意味かと思ったら、文字通り
「 立つ 」 という行為そのものだった。死を目前に迎えた患者さんにとっては、何でもないような当たり前の日常生活が至上の喜びであることを知った。もはや、手の施しようもない患者さんでも、
「 おいしいものを食べた 」、
「 お風呂に入って気もちよかった 」 と、笑顔に戻るのである。患者が病院で、医療を受ける時間は、24時間の内でせいぜい1時間。残りの23時間は、食べたり、トイレに行ったり、人と話したり、寝たりしている。
洗濯物をベランダに干したとき、
「 きれいな空だな 」 と思ったり、夜空を見上げたり、日向ぼっこをしている。脳性麻痺の女性の患者さんとの会話が忘れられない。雪が降ってきたときのこと。
 「 空から降ってきているものは何ですか? 」
 「 ゆ‥き‥ 」
 「 色は何ですか? 」 
 「 し‥ろ‥ 」
 「 雪がやんだら、やってくる季節は何? 」
 「 は‥る‥ 」 
 「 ※※さんは、春が好きですか? 」
 「 す‥‥きっ! 」
 「 す 」 と 「 き 」 の間に、少しだけ間が空き、最後には声高らかに 「 きっ! 」 と叫んだ。
 私は、「 好き 」 という言葉を口にするとき、これほどまでに丁寧な気持ちを乗せて言ったことはない。私自身の生き方が問われたような気がした。
 「 春が好き 」 というという感情を思いっきり表現しながら、彼女は豊かな死を迎えた。

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  とても興味深い記事であった。特に、死んでいくときに、ほんのささいなことに幸せを感じるという記述に共感した。また、人生の終焉をサポートする医師の志と行動に感心した。読んだとき、父の晩年の姿を想い出した。看取り、看取られ、人は生き、人は死んでいくのである。小説 「 新・人間革命 」 26巻に、池田先生は次のように語られている。「 生命は永遠である。ゆえに、老いとは、終局を待つ日々ではない。今世の人生の総仕上げであると共に、次の新しき生 ( せい ) への準備期間である。命の尽きるまで、唱題に励み、師と共に、愛する同志と共に、広宣流布の大願に生き抜いていくのだ。そして、わが生命を磨き高め、自身を完全燃焼させながら、大歓喜のなかでこの世の生を終えるのだ。希望に燃えるその境涯が、そのまま来世のわが境涯となるからだ 」 一体、私はどんな死を迎えられるだろうか。池田先生が語られている “大歓喜の死” を果たせるだろうか。ともかく私は、精一杯、創価と共に悔いなく生きたいと思っている。結果として、豊かな死を迎えられると信じるから ... (転載記事) 、

 .......

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  豊かな死を向かえる為に〜 ん〜 “生も歓喜死も歓喜” 池田先生の云われる様に、『 生命は永遠である 〜 広宣流布の大願に生き抜いていく 〜 希望に燃えるその境涯が、そのまま来世のわが境涯となるからだ 』.. 山派であれ信濃町であれそんなの関係無い!!要は “生命は永遠である” という “事” だと不肖小生も思います 。。。





posted by 石君 at 00:22| 東京 ☀| Comment(0) | 広 宣 流 布 、弐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月26日

創価の死..



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  幼少のころ、死は怖いものだった。小学校低学年のころ、父が死んだ夢を見た。夢の中で泣き、泣きながら私は目覚めた。当時の私にとって、死とは永遠の別れであり、暗黒の世界であった。仏教を学び、数々の経験を重ねていくうちに、死は怖いものではなくなった。むしろ、死は必要なものであるとの認識に変わった。おそらく、創価学会員ほど、死に対する強い免疫力を持っている集団はないであろう。死は、夜、眠るようなものである ... 。

  眠りが1日の生活の疲れを癒し、はつらつとした次の日の生命活動を作るように、死は新しい人生を作るのである。落葉樹は、夏に太陽光を浴び、養分を根から吸収して、エネルギーを幹や根に蓄える。春、気温の上昇と共に、樹木が一斉に若葉を出し、枝を伸ばすのは、内に蓄えたエネルギーの発露である。死も同じく、若々しい生命を得るための休息の時である。問題は、宿業であり境涯だ。良き宿業を持つ者は、良き死と良き来世を得られるであろう。ならば、悪しき宿業はどうか‥ 。


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  このことを、誰よりも知っているのが創価学会員である。人類の至宝である法華経 「 如来寿量品第十六 」 において、私たちは朝に夕に読経しながら、永遠の生命を謳いつつ、広宣流布の決意をしているのである。「 自我得仏来・( 中略 )・方便現涅槃・而実不滅度・常住此説法 」 ( 我自身、仏を得てより以来、方便として涅槃を現じながら、しかして実には不滅にして、常に此の世に住して説法をする)‥これは我々自身のことを言っているのだ ... 。

  祈りと広宣流布という行為の中、私たちは仏となり、死して再び、仏になるために生まれることができる。南無妙法蓮華経如来の寿命の量は、尽きることなく永遠に続くのである。創価の死とは、そのように晴れやかな死である ... (転載記事) 、

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  創価の死とは、そのように晴れやかな死である〜 ん〜 先日何か気配を感じて 「 誰か亡くなったのかな 」 と思っていた.. 日曜日の朝、長兄からの留守電を聞いて次兄の義理の母が亡くなった “事” だと知った、近年入退院を繰り返していたらしい83歳だった、平成23年4月の区議会議員選挙では老体に鞭打って選挙葉書きの宛名書きを手伝ってくれた、二人で蒲田名物のインディアンカレーと支那ソバを食べたのが最後になった、きっと別れを告げに来たんだな 「 有難うオンマさよならオンマ 」 また一人貴重な親族が他界した改めて “命” に感謝出会いに感謝・感謝・感謝、“生命” に感謝です、そして別れとは尽きることなく永遠に続くドラマなのだと不肖小生も思います 。。。 
posted by 石君 at 00:18| 東京 ☀| Comment(0) | 広 宣 流 布 、弐 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする